嫌な出来事は自分の内面の反映?実際に振り返ってみた

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周りで起きる出来事は、自分の内面の反映であるという話をよく耳にします。

自分の中にある思いや感情が、日常の出来事や人間関係に映し出されているという考え方です。

本当にそうなのかは分かりませんが、最近、自分の気持ちを振り返るようになって、ちょっと面白いことに気づきました。

普段なら「なんなの、この人!」と腹を立てて終わるような出来事でも、

「私は何にこんなに腹を立てているんだろう?」

「何をされたように感じたんだろう?」

「もしかして、私も過去に誰かに同じようなことをしていた?」

そんなふうに考えてみると、すっかり忘れていた昔の自分や、ずっと心の奥にしまっていた思いが出てくることがあるのです。

しかも、それがなかなか面白い。

「あれ? 私ってそんなこと思ってたの?」

「うわ〜、昔の私、ずいぶん面倒くさい女だったな(笑)」

なんて、自分でも驚くことがあります。

このブログでは、日常のちょっとしたイライラやモヤモヤをきっかけに、自分の中に眠っていた思いを探していこうと思います。

イライラするのには、何か理由があるのかもしれない

例えば、誰かの何気ない一言に腹が立つことがあります。

自分だけ後回しにされた気がしたり、相手の勝手な行動に振り回されたと感じたり。

でも、同じことが起きても、まったく気にしない人もいるんですよね。

では、なぜ私はこんなに腹が立つのでしょうか。

もちろん、相手の言動そのものが失礼だったり、迷惑だったりすることもあります。

だから、何でも自分の心の問題にするつもりはありません。

ただ、自分が特に強く反応することには、何か共通点があるのではないか。

そんなふうに考えるようになりました。

「何をされた気がしたのか」を考えてみる

最近、聞きたくもない、みたくもないものを見せられた時に感じたことがあります。

「気持ち悪い!」

「周りに聞こえないところでやってよ!」

「少しは気を遣ってよ!」

もう、頭の中は文句だらけです(笑)。気分もすごくイライラします。

私は何に腹を立てているんだろう?

でも、その嫌な気持ちをもう少し言葉にしてみると、こんな思いが出てきました。

「不快なものを一方的に押し付けられた!」

聞きたくない音を、こちらの都合に関係なく聞かされる。

自分の快適な時間に、勝手に入り込まれたような感覚。

だから腹が立ったのかもしれません。

そして、その言葉を眺めているうちに、ふと別のことを思い出しました。

あれ? 私も誰かに押し付けていたかもしれない

「押し付けるな!」

そう思ったところで、今度は自分が過去に誰かに同じようなことをしていなかったか、振り返ってみました。

すると、出てくる、出てくる(笑)。

恋人には、自分の望む行動を求めていた

昔の私は、恋愛になると相手にいろいろなことを要求していました。

「会う努力をしてよ!」

「私の目の前でほかの女の子と楽しそうに話さないで!」

「私を大切にしているなら、こうしてよ!」

当時は本気でそう思っていました。

自分が寂しかったり、不安だったりすると、相手に行動を変えてほしくなる。

そして、その通りにしてくれないと腹が立つ。

今振り返ると、ずいぶん相手に自分の希望を押し付けていた部分があったんだなと思います。

もちろん、相手が約束を破ったことまで、私の責任になるわけではありません。

でも、私自身が相手を思い通りに動かそうとしていたことも、確かにあったのでしょう。

気づいてみると、ちょっと恥ずかしい(笑)。

「また私じゃない人が選ばれた」という思い

さらに自分の気持ちを振り返っていると、もう一つ気づいたことがありました。

私は昔から、誰かが優遇されることに、とても敏感だったのです。

恋人がほかの女性を優先しているように見える。

職場で、自分よりほかの人が大切にされているように感じる。

そんな場面に出くわすと、強い嫉妬や怒りが湧いてきました。

心のどこかで、いつもこう思っていたのかもしれません。

「また私じゃない人が選ばれた!」

思い返せば、子どもの頃からだった

私は子どもの頃から、姉の方が優遇されていると感じていました。

ほんの小さなことから、大人になってからの経済的なことまで。

「どうしてお姉ちゃんばっかり?」

そんな思いが、ずっと心の中にあったのです。

しかも、私は自分だけを特別扱いしてほしいわけでもありませんでした。

特別扱いされすぎると、今度は周りから嫉妬されそうで怖い。

なんとも面倒くさい話です(笑)。

でも、少しずつ考えていくと、自分が求めていたものが見えてきた気がしました。

「私も同じように大切にしてほしかった」

もしかしたら、これが長い間、自分の中に眠っていた思いだったのかもしれません。

本音に気づくことと、誰かを許すことは別

こうして過去を振り返ると、自分にも身勝手なところがあったなと思います。

でも、だからといって、これまで嫌だった出来事を全部自分のせいにするつもりはありません。

実際に不公平な扱いを受けたこともあるでしょうし、相手の言動に問題があったこともあると思います。

自分の内面を見つめることは、相手の行動を正当化することではないはずです。

そして、もう一つ気づいたことがあります。

私は長い間、「家族だから」という理由で、自分の嫌な気持ちに蓋をしてきました。

本当は腹が立っている。

本当はもう関わりたくない。

それでも家族だからと、何事もなかったように付き合ってきたのです。

でも、最近はそうすることをやめました。

嫌なものは嫌だと、自分で認めることにしたのです。

その気持ちを認めたからといって、必ず相手に怒りをぶつける必要はありません。

許せない相手を、無理に許す必要もありません。

ただ、自分の気持ちをなかったことにせず、これからどう付き合うかを自分で決めればいい。

今はそんなふうに考えています。

日常のモヤモヤを、自分を知るきっかけにしてみる

今回、近所の人の騒音から思いがけず昔の恋愛や家族のことまで振り返ることになりました。

まさか、そんなところまで話がつながるとは思っていませんでした(笑)。

もちろん、これが正しい分析なのかどうかは分かりません。

人の心はそんなに単純ではないでしょうし、嫌なことが起きるたびに、必ず自分の過去と結びつける必要もないと思っています。

それでも、普段なら怒って終わっていた出来事から、自分の知らなかった一面に気づけたのは、なかなか面白い経験でした。

これからは、毎日のイラッとしたことやモヤモヤしたことを、少しずつ書き留めてみようと思います。

誰かに腹が立ったとき。

なぜか悲しくなったとき。

嫉妬してしまったとき。

あるいは、自分でも理由の分からない嫌な気持ちになったとき。

その感情を否定せず、まずは眺めてみる。

「私は今、何がそんなに嫌だったんだろう?」

「何をされたように感じたんだろう?」

「過去にも、似たような気持ちになったことがあったかな?」

そんな問いかけをしながら、自分の中に眠っている思いを見つけていきたいのです。

50代、まだまだ知らない自分がいる

50年以上生きてきたのだから、自分のことくらい分かっているつもりでした。

でも、実際はそうでもないみたいです。

昔の恋愛を思い出して笑ってしまったり、ずっと我慢していた怒りに気づいたり。

まだまだ、知らない自分がたくさんいるようです。

それなら、これから少しずつ見つけていけばいい。

誰かに正解を教えるためではなく、自分を理解するために。

そして、できれば今より少しだけ、気楽に生きるために。

そんな日々の内観を、このブログに残していこうと思います。

さて、次は何にイラッとするのでしょうか。

……できれば、あまりイライラしたくはないんですけどね(笑)。

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